KOTOBAYA 雑記帳

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まだかなまだかな 21:00
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    「ポケモンGo」が気になって仕方ない。現実世界とバーチャル世界のコラボなんてすてきすぎる。まだ日本じゃ肩すかしばっかりだけど、海外の反応の記事を読むたびわくわく感が増していく。「よーし。これで日ごろの運動不足も一気に解消だ! 」なんて想像してみるけど、実はどこまでやりこめるかからっきし自信ない。私を外に連れ出さずにはいられなかったら、「ポケモンGo」はもはや医療機器だ。


    「ねえねえ」と話しかけたとき「なあに?」って返事してくれる人の存在って大事だよね。それがもしもポケモンのバリヤードだったらどんなに楽しい毎日だろうと子どもみたいなこと思っていたけど、この調子でいけば、もしかしたら生きているうちにその夢が実現するかもしれない。「ゲームなんて」「スマホなんて」と言う人には、「はい。おっしゃるとおりです」とでも言っておこうかな。あーあ、バリちゃんと同居したいなあ。

     

     

     

     

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    いじわる神様ウエルカム! 08:22
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      初詣を今年もサボってしまった。神社は目の前なのに、これじゃ神様に恨まれちゃうかな、いいや、神様に限ってそんなはずはない、そもそも参拝しないことに腹を立てる神様は神様として修行が足りないんじゃないかな、なんて不遜なことを考えていたら、「いじわる神様」のことを思い出した。

      長谷川町子さんは、もちろん『サザエさん』で有名だけど、『いじわるばあさん』もなかなかだよね。そのコミックの中に「まんが幸福論」という短編があって、いじわる神様が出てくるんだ。

      とっても恵まれた運命の下に生まれた1人の赤ちゃん。でも、いじわる神様がその人生を、最期は無人島で孤独に死んでいくような悲惨なものに変えてしまおうとたくらむんだ。だけど、それに「待った!」をかけたのが心根のやさしい神様で、そのおかげで赤ちゃんは、裕福な家庭で社会的にも高い地位も築き、いわゆる「幸せ」な人生を全うする。

      だけど、当の本人は最期にこんなふうに言うんだ。うろ覚えだから正確かどうか不安だけど、自分の人生はつまらなかった、本当は人とのかかわりを断って無人島で動物たちに囲まれて暮らすような生き方がしたかったってね。なななんと、それはいじわる神様が与えようとした人生そのものだったってわけ。………だんだんとその機微がわかるようになってきたのは、自分なりにちょっとばかし人生経験を積んできたからなんだろうか。

      これは本当に申し訳ないことなんだけど、私はいまだに、いわゆる「おせっかい親切活動」みたいなのに違和感がある。他人がかわそうだと思っていることが本人にとって不幸なことなのかどうなのかわからないじゃないかって。もちろんセーフティネットとしての機能は否定しているわけじゃないし、立派な活動なんだろうなとは思うんだけど、絶対的な価値の押しつけは時として人を傷つける。

      さてはて、私自身のことだけど、もしかしていじわる神様に運命を変えられちゃったのかなと思ったりすることもある。だけど、それがいいことなのか悪いことなのかを決めるのは自分自身なんだよね。今年はどんな年になるのかわくわくドキドキだけど、いじわる神様が玄関先にやってきたら「ウエルカム!」と言ってみようっと。ひるんで退散してくれたらそれもそれ、いじわる神様が同居すると言い張ったらそれもそれだよね。粗食ではあるけれど、大いにもてなしてあげますよん。

       
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      みんな「バスがこない」せいなんだ。 13:11
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        こりゃいい。なーんだ。みんなバスが来ないせいにしちゃえばよかったんだ。都合が悪いことはみんな「バスが来ないせい」なんだからしかたない。歩いていくとか自転車に乗るとか車の免許を取るだとか、そんなナンセンスな提案はいけませんよ。バスじゃなきゃだめなんです。自分ではどうしようもないことが原因じゃなくちゃいけないんです。「しかたがない」というなぐさめは、多くの場合、まじめな人を救います。


        でもなあ、こんな冗談言ってる場合じゃないほど田舎のバス事情は笑えないものがある。地方で生きていくには車が必須だよね。だから、高齢になって車の運転技術が心配になってきても、なか運転免許証を返納できないのも現実だよね。

        それでも安全にはかえられないっていうことで、実家の父も周囲の勧めで運転をやめてから、あれよあれよという間に元気をなくしていったっけ。やっぱり人は移動しなくなるとだめになるんだと思う。「ちょっと乗せてって」の一言を家族に言えなかったんだよね。娘だからそのあたりはすごくわかる。私、お父さん似だから。

        最近、GPSを駆使して、ハンドルもブレーキもアクセルもない運転しなくていい自動車が開発されているけど、あんなのが普通に走っている世の中だったらよかったのにな。お父さん、これを天国に送るから、先に逝って待っていたお母さんとドライブしてね。それじゃあね。元気でね。


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        ねこあつめLINEスタンプを買ってしまった(がまんできなかった) 03:33
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          ねこあつめのスタンプを買ってしまいました。基本、アプリでもなんでも、お金払ってまで導入しようとは思ったことがなかったけど、これだけはどうにもがまんがなりませんでした。「はーい」というのと「取り込み中です」と「わかりません」が好きです。「向かってます」と「待ってます」が使えます。

          ねこあつめも夏グッズが追加されて、くろとらさんとはいしろさんも来てくれたし、かふぇさんとすふぃんさんにもおめにかかったし、びすとろさんはパフェ盛ってくれたし、なんというか、平和だなあ。

           
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          おりこうさんになれないすべての人に 00:33
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            優くんより好きなアーティストがまだいない。きっとずっといない。それでいい。むしろそのほうがいい。大人になったら(?)CDを大人買いするからね。待っててね、優くん。高橋優くんは実存主義者なのかな。音楽界のショーペンハウアーとでも呼んでしまおうか。ちがーう!! やっぱ優くんは優くん。なにものにも束縛されない彼の言葉で「にんげん」をうたってほしい。

             
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            ヒノリンに癒されて 22:06
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              「Dr.倫太郎」を見終わると、毎回決まって涙が止まらなくなるのはなぜだろう。だれかが癒されるのを見ると自分も癒されるってこころの働きがあるそうだけど、それなのかなあ。なんか、自分でも気づいてない深いところにあったものがどんどん前に出てくる感じなんだ。見てる人みんなそんなふうに思ってるのかな。自分でもびっくりだ。「あんな精神科医がいたらいい」って中園ミホさんのコンセプトらしいけど、倫太郎は今、日本中を癒しているのかもしれないね。
               
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              タカアンドトシの教え 21:42
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                タカアンドトシってすっかりお茶の間に浸透しちゃってるよね。「○○か!」がはやったのがかれこれ10年前か。10年って早いなあ。タカもトシも抵抗なくすっと入ってくるところがいい。嫌いになる要素がぜんぜんないんだよね。

                あんまりバラエティは見ないほうだけど、たまたま目にしたある番組は今でも私の心の支えになっている。何年も前、まさにタカアンドトシの絶頂期だったと思う。

                よくあるへんてこな番組で、気味悪い洞窟みたいなところに無理やり探検に行かされるって展開になって、その洞窟が見るからに不気味で、芸人さんってこんなことまでさせられてかわいそうだなって思ってたときだった。

                タカが本気で泣き出したんだ。正確なところは忘れちゃったけど、たしか、毎日忙しくてろくろく寝られない毎日なのに、どうしてこんなことまでしなくちゃいけないのってね。あれは本音だったと思う。表情がマジ顔だったもの。

                そうしたらトシが言ったんだ。おまえ、思い出してみろよ。北海道にいたころ、2人して、寝る暇もないくらい売れっ子になりたいって言ってたよな。それがこうしてかなったんだよ。ほら、行くぞ、みたいな、そんな感じだったと思う。

                こうなったらいいなと思うことはたくさんあるけれど、実際にそうなってみると、さらなる難題が待ち受けているものだ。でも、もう引き返せない。いつだってそうだよね。

                だから、いろいろ錯綜してプチパニックになりそうなとき、いつもタカアンドトシのことを思い出す。そうすると、みんながんばっているんだって思えてくるんだ。こんなこと、タカアンドトシはちっとも知らないだろうけど。


                「『生きること』と『ただ生きること』はぜんぜん違う」。前にNHKドラマ「プラトニック」で堂本くんが言ってたっけ。たとえそれがつらいことであっても、なんにもないよりずっといいんだ。むしろ人らしく生きるためには新しい問題と格闘することが必要なんだよね。そろそろ同じこと考えていないで、別のステージに立ってみようかな。
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                瀕死の白鳥が天に召された日 10:39
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                  マイヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」にみせられて、当時、VHSのビデオを買って何回も見入ったっけ。あのころの感動がよみがえってきた。プリセツカヤさん、ありがとう。あなたのバレエは天国でもきっと映えますね。どうぞ安らかに。
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                  権利を行使しない権利(損失回避に思う) 10:12
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                    きのうね、ネット通販であるモノを買おうかどうか迷ったんだ。「5月3日まで10%増量」という案内文にひかれたから。でも、迷っているうちに3日を過ぎて、あらら、やっぱりやめとこうと思ってよくよく見たら、今度は「5月5日まで」に更新されているではないか。やっぱりね。


                    経済学では「損失回避」という言葉がよく使われる。「損失回避とは、利益から得られる満足より同額の損失から得られる苦痛の方が大きいことから、損失を利益より大きく評価する人間心理のことをいう(コトバンクより引用)」。だから、この心理を利用していろんな戦略が立てられている。閉店しない「閉店セール」なんかがいい例だ。

                    でも、「損」にもいろんな種類があるよね。私が今の仕事をするようになってから、親戚や知人に「もったいない。せっかく持ってる資格を生かさないなんて」とよく言われたよ。資格を生かして得られるべき収入を得ないのは損だと言いたいようだ。

                    でも、損失を回避すればいつもいい結果が得られるとは限らないし、損失を回避しようとして、もっと大きな損失を生んでしまうことだってある。なにより、そこに価値を見いださなければ損失もなにもないんだよね。

                    私が持っている資格はそれほどでもないけれど、介護士さんとか看護師さんとか、深刻な人材不足の職種では有資格者の掘り起こしに躍起だ。でも、やめてしまった人に戻ってきてというのはあまり効果がないと個人的には思っている。もう気持ちが別なところに向いているから。権利を行使しない権利っていうのも、やっぱりあると思うんだ。それだったら慰留策のほうがまだ少しは効果がありそうだよね。

                     
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                    そこそこ幸せになるのは義務ってことで 00:23
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                      サスペンスもののドラマって、リターンも含めたら毎日必ずどこかのチャンネルでやってる気がする。1話完結だし、必ず悪い人がつかまって、まるで水戸黄門みたいな勧善懲悪的展開だから、コーヒーブレークのちょい見にはもってこいだ。いつだって悪役さんには同情すべき重たい事情があって、あなたもつらかったのね、というオチになっていて、ついほろりとされる。

                      だからといって何をしてもいいわけじゃないのは当然のことで、だからこそ、ひとりひとりがほかの誰かに危害を加えない程度に幸せになっていなくちゃいけないんだ。こうなると、幸せに暮らすことは権利じゃなくて、むしろ義務という気がしてくる。

                      これまで生きてきて思うのは、もし今がほんとうにつらいなら、つらいと感じているうちになんとかしないといけないってこと。なぜって、我慢を続けていると、やがてそのつらさが普通のことになって生きる気力が失われてしまうから。そして、その心のバランスをとるためにいろんな問題行動が起こってくるんだ。ひきこもったり、爆発したり、子どもにつらくあたったりね。自分はしっかりしてるから大丈夫だなんて甘いよ。意志の力ほどあてにならないものはない。やっぱり、そこそこ幸せになる義務をちゃんと果たさないとね。

                       
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