KOTOBAYA 雑記帳

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もしも言葉が通じなかったら 18:06
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    同じ言葉をあやつっていても、自分の気持ちが伝わらないことがある。まして、真剣に訴えても取り合ってもらえないとなれば、それは絶望を意味しているのだろう。今回のPC遠隔操作で明らかになった冤罪。誤認逮捕された人たちの心中を思うとやりきれない気持ちになった。


    それでも、検察や警察だけが加害者になるわけではなく、私たちだっていとも簡単に同じような間違いを犯してしまうことを忘れてはいけないんだ。自分の中の確証バイアスってやつは本当に厄介だと思う。見ようとしなければ何も見えないし、聞こうとしなければ何も聞こえない。


    日本は、一度転落したら、再チャレンジが困難な国だといわれているけれど、立ち上がろうとしている人に手を差し伸べることができる人が神様のほかにいるとしたら、それは一般人の私たちしかいない。真実を見る目を養う努力をしなければならないなって思う。そうでなければ、自分が当事者になったときにあまりにつらすぎる。



    今春、福島では、セシウムがたまりやすい表皮をはがされて、真っ白な姿をさらしている果樹が立ち並んでいた。痛々しかった。同時に、それまで県産野菜を避けていた自分は何を見ていたのだろうと恥ずかしい気持ちにもなった。これほどまでの努力をして安全なものを届けようとしても、そして、それが実際に安全だと確認されても、いまだその真摯な気持ちが伝わらない。誤認逮捕された人たちの悔しさは、もしかするとそのまま福島の農家さんの悔しさなのかもしれない。

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    「八重の桜」もいいけど、「はね駒」も!!! 04:37
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      来年の大河ドラマ「八重の桜」のおかげで、地元は賑わいを取り戻している。綾瀬はるかちゃん大好きだし、オダジョーさんもいい役者さんなので、私もすごく楽しみにしている。会津が主な舞台ということで、中通りの人間にとってはちょっと遠い感じがしないでもないけど、まあ、それはそっとしときましょう。


      実は中通りが舞台になったNHK朝の連続テレビ小説がある。懐かしい「はね駒(こんま)」だ。確か二本松が舞台だったと思う。朝ドラなんて見たら母親と同列のおばさんになっちゃう気がしていた若いころだから、残念なことにストーリーはよく覚えていないんだけど、ヒロインの斉藤由貴さんがかわいらしかったのと、樹木希林さんの演技がすばらしかったことだけは記憶に残っている。それに、渡辺謙さん、小林稔侍さん、沢田研二さんといったそうそうたるメンバーが脇を固めていたんだよね。もう一回、ちゃんと見たくなっちゃった。


      そもそも、平日のはずなのになぜ私がその場面を目にしたのかすら謎なのだが、「はね駒」の中で忘れられないワンシーンがある。それは、宣教師役の沢田研二さんの前で、りん(斉藤由貴さん)が「コリント人への第一の手紙13章」を暗唱する場面だ。今でもあの画面が思い浮かぶってことは、よっぽど衝撃的だったんだよね。


       たといわたしが、人々の言葉や御使(みつかい)たちの言葉を語っても、
       もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。
       たといまた、わたしに預言をする力があり、
       あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、
       また、山を移すほどの強い信仰があっても、
       もし愛がなければ、わたしは無に等しい。
       たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、
       また、自分のからだを焼かれるために渡しても、
       もし愛がなければ、いっさいは無益である。
       愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。
       愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない。
       自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
       そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
       (後略)


      あまりに美しくて、私も慌てて「13章」を暗唱したっけ……。



      多感な時期に英語を教えていただいた牧師のM先生、今ごろどうなさっているんだろう。先生の薦めで、私はフランクルの『夜と霧』を読み、神谷美恵子の『生きがいについて』を読み、五味川純平の『人間の條件』、そして丸山眞男や加藤周一を読みあさった。先生は一橋大学で社会心理学を専攻され、その後、神学校へ進まれた方でしたね。ふまじめな私は入信することはありませんでしたし、先生が繰り返しおっしゃっていた世を牽引するインテリゲンチアにもなれないまま、とうとう出会ったころの先生と同じ年代になってしまいました。それでも、人生において先生ほど私を揺さぶった方はおいでになりませんでした。出会いを心から感謝しています。本当にありがとうございました。

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      ルビンの壺が割れたなら 02:50
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        錯視を利用した「ルビンの壺」という絵がある。描いてあるのは1つの絵なのに、白を地にすれば壺が浮かび上がり、黒を地にすれば向き合う顔が見えてくる。でも、よほど努力しないと壺と顔が同時に見えることはない。そのことがわかっていればいいんだけど、「これは絶対壺だ!」とか「いや、顔に決まってる!」と主張されると、ちょっと困ってしまうことがある。


        何を言いたいかというと、今回の原発事故は、起こったことは一つなのに、人によって受け取り方がまったく違っているということ。自分の主張を持つのはいいけれど、自分の考えが本当に正しいのだろうかといつも疑ってみることだって大切なんだと思う。魔法を使って原発がなかったころに戻せるなら別だけど、生み出したことで抱えている重たいもののことはさて置いて、たった今すぐイエスかノーか決めましょうといったやり方は、あまり賢くないような気がする。


        あるいは、ミュラー・リヤー錯視のように、最初は真ん中の線が長いと思ったけど、冷静に考えたらみんな同じ長さだとわかった、ということだってある。それで納得できればいいけれど、やっぱり真ん中の線が長く見える自分の感覚のほうを主張されると、何の議論もできなくなってしまう。思いたいように思うのはもちろん自由なんだけどね。もしかしたら、どうしても真ん中が長いふうにしか見えない人に対する社会の理解も大切なのかな。


        私は批判をおそれる根性なしのキツネだから、トラさんの威を借りてこないと何もいえない。そこで、ちょっと開沼センセに登場してもらっちゃおうっと。お若いのに開沼先生はすごいです。それと、個人的には阪大のきくまこセンセ(菊池誠先生)のクールな視点も好きです。ニセ科学とか、本当にそうだなって。たくさん勉強して、いろんな意見を聞いて、あっちに傾いたりこっちに倒れたりいろいろしながら、自分の考えをまとめたい。いや、私なんかは考える前に、もっともっと「知る」ことが大事なんだと思う。



        ----------(以下「にこにこチャンネル」から引用)---------------------------------



        開沼:「様々な議論はありますが、『持続を求めて運動が形骸化していった』のが、日本の戦後社会運動史でもあります。現在も、全員ではないですが、少なからぬ人が自己承認を求めて社会運動に集う状況がある。そう指摘すると怒っちゃう人もいますが、自己承認欲求を満たしたいなら自己承認欲求を満たしたいでいいんです。それは動員の一つの戦略になりうる。これは原発についても、『ネット右翼』関係の社会運動についても同様です。ただ、自己承認欲求を満たそうとする結果、社会運動に目的よりも共同性を求めるようになったら、つまり、『課題解決』よりも『群れあい』をはじめたら、また形骸化がはじまる」

        (中略)

        ――では、開沼さん自身は、現在の原発をめぐる動きはどうなっていくべきだと思っているのだろうか。彼に尋ねてみると、こんな回答が返ってきた。

        開沼:「まずは、将来の理想を語る『べき』と、現在の状況を語る『である』を分け、『である』を明確にすることから始める必要があります。『こうである』という状況をよく知りもしないのに、『こうあるべき』ばかりに固執する中で、論理を捻じ曲げ、事態を見誤る――これは原発推進も脱原発も一緒です。空気に向かって叫んでいても、社会は何も変わりません。知るべきこと、見るべきことはいくらでもある。その中で、まずあなた自身が変わることからはじめなければなりません」


        -----------(引用終わり)---------------------------------------------


        引用元リンクはこちらです↓
        http://lite.blogos.com/article/45333/


        なんも言えねーって、言いたいことがいっぱいありすぎても何も言えなくなるものだなって思う。原発関係はなかなかブログに書くことができませんでした。なぜなら、壺も顔も両方見えてしまったから。ただ一つだけ、何かというと「アンタ、福島に住んでみろ!」っていうけど、福島が好きな私としては、そういう言い方はちょっと悲しいデス。

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        9・11と3・11 ―ハナミズキを贈りたい― 03:35
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          もうすぐ9月11日がやってくる。3月11日のことがあった後だと、なおさら双方の理不尽さが胸に迫ってくる。同時多発テロ事件の犠牲者のためにつくられたという一青窈さんんの「ハナミズキ」に、私たち自身、どれだけなぐさめられただろう。ともすると、自分の大変さばかりが頭をもたげてきそうになるけれど、生きていられるだけでどれほどありがたいことか。だから、人生の途中で逝かなければならなかったたくさんの命のことを、ちゃんと、ちゃんと、忘れないでいようと思う。

          福島市の街路樹はハナミズキが多い。桜の季節の観光客が姿を消したころ、一斉にハナミズキの花が開く。ハナミズキは、日本がアメリカに桜を送ったその返礼として、アメリカから送られたそうだけれども、必ずといっていいほど、桜が散ったのを見届けてから開花するハナミズキを、律儀だと私は思う。歌詞の意味は、百人いれば百通りの解釈があっていいと思うけれど、私はこの曲を聞くと、わが子を送らなければならない母親(父親)の歌に聞こえて仕方がない。若くして命を終わらせなければならなかった人たちが、どうかあの世で自分の夢を果たすことができますように。


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           空を押し上げて
           手を伸ばす君 五月のこと
           どうか来てほしい
           水際まで来てほしい
           つぼみをあげよう
           庭のハナミズキ


          まるで5月の空を押し上げるかように
          あなたは一瞬、手を伸ばしたかと思うと
          静かに息を引き取った
          あちらに逝く前に、生と死の境にあるという川の淵まで
          どうか近づいて来てほしい
          あなたが好きだった庭のハナミズキを渡したいから


           薄紅色の可愛い君のね
           果てない夢がちゃんと
           終わりますように
           君と好きな人が
           百年続きますように


          いつか、好きな人がいると話してくれたよね
          これからいっぱい恋をしたり、夢中で仕事をしたり、
          あなたの胸の中は夢と希望であふれていただろうに
          それがかなわないまま逝かなければならないなんて
          せめて、あの世で
          あなたの夢を果たすことができますように
          あなたの好きな人とずっと仲よく暮らせますように


           夏は暑過ぎて
           僕から気持ちは重すぎて
           一緒にわたるには
           きっと船が沈んじゃう
           どうぞゆきなさい
           お先にゆきなさい


          ハナミズキが散ればだんだん暑くなるね
          お母さんもこの川をあなたと一緒に渡ってあげたいけれど
          ごめんね、お父さんやあなたの姉弟のことを思うと
          あまりにも心残りが多すぎて
          どうしても一緒に逝くことができないの
          だから、あなた一人で先に川を渡ってください


           僕の我慢がいつか実を結び
           果てない波がちゃんと
           止まりますように
           君とすきな人が
           百年続きますように


          あなたをこんな目に遭わせた人のことを
          同じ目に遭わせてやりたい憎しみがあふれてくるけど
          それじゃ何の解決にもならないから
          苦しいけど、我慢して受け入れることにするね
          だから、もう二度と同じような不幸な出来事は
          起きませんように
          あなたが好きな人と一緒にいられるような
          普通の幸せが手に入る世の中になりますように


           ひらり蝶々を
           追いかけて白い帆を揚げて
           母の日になれば
           ミズキの葉、贈って下さい
           待たなくてもいいよ
           知らなくてもいいよ


          ひらひらと蝶々みたいな帆をかけて
          あなたはこの川を渡っていくのね
          あなたが逝くのは5月の母の日
          毎年、庭のハナミズキの葉が青々と茂ったら
          あなたが向こうで元気にしていると思うことにするわ
          遺された家族がどんなにつらいかなんて
          あなたは知らなくていい
          ただやすらかに、お逝きなさいね


           君と好きな人が
           百年続きますように


          せめて、あの世で
          あなたが好きな人とずっと仲よく暮らせますように
          そしてこれからは
          普通の幸せが手に入る平和な世の中になりますように

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          それにしても、このピアノ伴奏ったら、なんてすてきなの。ああ、芸術だね!

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          「ざんねん無限∞福島県!」でいこう 13:24
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            復興のキャッチコピー、いろいろあるね。
            「がんばろう ふくしま」
            「のりこえる たちあがる ふくしま」
            「ふくしまは負けない」
            「ふくしまから はじめよう」
             


            ちなみに「ふくしま」とひらがなにしているのは「福島県」の意味で、「福島市」と区別するためのはずだけど、ごっちゃになっているときもあるね。まあ、どっちでもいいんだけどね。


            少し前に友達のお嬢さんが遭遇した事件(?)なんだけど、新人研修の自己紹介で福島出身だといったら、「福島? ウケるー!!」てな反応が返ってきて泣いちゃった子がいたんだって。こういうのを聞くとすぐにいじめとか差別とか思っちゃいがちだけど、実際、福島在住の自分でも確かにウケる(?)かもねと思うし、ここは自虐的に乗り切るしかないっしょ。マスコミさんのえじきにならないためにもね。きっと泣いちゃった子は、どうリアクションしていいか分からなかっただけなんじゃないのかな。


            それに、親が離婚したとか、兄弟が引きこもりだとか、おうちに障害者がいるとか、ばあちゃんが痴呆だとか、いろんな理由で引け目を感じている人はたくさんいるわけだし(うちがまさしくそうなんだ)、そういう人たちの気持ちを理解するいいチャンスだと思えばいいよ。何も悪くないけど胸を張れない気持ちを理解するって、これは貴重な経験なんだと思うよ。「そんなの気にすることないよ」の一言で多くの人が救われるってことに気づけたらいいね。


            ところで、広島県の新コピー「おしい!広島県」をが個人的にはウケたよ。あの「もみじ饅頭」でさえ「おしい!」と言い切ってしまう自虐的なノリがたまらない。それで、福島の新コピーを考えてみたんだけど、こんなのどうだろ。


            「ざんねん無限∞福島県!」


            「残念無念」にかけて、確かに残念なんだけど、無限な可能性があるってことで。


            「ざんねんな福島出身ですけど、誰か友達になってください!」と言ってみようよ。きっとみんな声を掛けてくれるよ。てか、コイツに声を掛けてやろうじゃん、いっちょ話でも聞いてやろうじゃんて思ってもらえる人間になることが、きっと大切なんだよ。


            子どもたちよ、これだけ全国のみなさんにお世話になっているんだから、いつも謙虚さだけは忘れずに、そして、あなたたちも誰かのために力を尽くせる人になりなさい、世の中に恩返しができる人間になりなさい。せっかく(たまたま)福島で育ったんだもの、ねっ。

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            それでもって、誰かこういうの制作してちょうだいな。
               ↓


             

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            フクシマ生まれのアドボカシー 02:13
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              グルコサミンのメロディーに乗せて、あなたもどうぞ!


              ♪ アドアドアドアド アドボカシー
              ♪ フクシマ生まれのアドボカシー


              たとえが悪くて申し訳ないけれど、病院に行ったりすると重病の人のほうがエライみたいな不思議な感覚になることがあるでしょ? 今の福島ってそんな感じに似てるよね。不謹慎だったらごめんなさい。こんなふうに思うのは私だけかなあ。もうすぐ原発事故発生から1年か……。

              立場や考えの異なる人のことを理解しなければならない、受けとめてあげなければならない、手を差し伸べてあげなければならない、そう思うんだけれど、最近、なぜだかそれが難しくなってきてしまった。私ってだめだめ人間だ。


              十人寄れば十通りの考えがある。誰も誰かのことを説得なんかできやしない。結局、みんな思いたいように思うしかないんだよね。だけど、自分の都合のいいようにモノゴトが進まないことがわかると、すぐに誰かを攻撃しちゃうのはどうかと思う。その上、本音(利得)を隠しているから非常にわかりにくいんだよね。私は頭が悪いから、タブーだらけだとこんがらがっちゃう。


              でも、そこでわかりあえないと投げ出しちゃだめなんだ。あれ、何だっけ、アドボカシーっていうんだっけ? そういう素地がもっと整っていったらいいのにね。けんか腰じゃなくて、どうやったらいいかみんなで考えて、自治体と一緒になってやっていくってこと。ただ、そうなると自分もそのために力を尽くすということだから正直ちょっぴり面倒なんだけど、でも、誰かにやってもらおうだなんて虫のいいことはたいてい実現しない。変わらなければならないのは国でも県でも市町村でもなくて、実は私たち一人ひとりなのかもしれない。今まさに、県民の質が問われているってことなんだよね。

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              ありがと、猪苗代湖ズ。 10:15
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                猪苗代湖ズの『I love you & I need you ふくしま』、震災後、ローカルテレビ局ではかなり長い期間にわたってこの曲を流してくれていた。もう福島はダメかなと思ったけど、この歌のおかげで、まだ大丈夫なのかもしれないって思えた。まさに、「姫さまがが笑っとる。わしら助かるんじゃ〜」状態だったんだ。

                実は私、神奈川と愛知と宮城に住んだことがあるけれど、自分の出身地を聞かれて、「福島」と堂々と胸を張れたことが一度もなかった。とりたてて特徴のない地方都市、何を自慢していいのかわからなかった。福島といっても下手すれば大阪の福島区のほうが有名だったりするもの。

                でも、今回のことがあってから、地元の人間が自分の県を愛さずにどうするっ! と気合いを入れて好きになることにした。「I love you & I need you ふくしま」と堂々と叫ぶ猪苗代湖ズさんのようにね。子どもは、手をかけて苦労して育てる過程でかけがえのない存在になっていくでしょ? きっと「ふくしま」だって、万難を乗り越え力を合わせて再建していったら、住んでいる人みんなが好きな県になる気がする。……いや、そうなっていったらいいな。

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                余談だけど、ナウシカの「姫さまが笑っとる。わしら助かるんじゃ〜」の場面が私は大好き! どんなことが起こっても、「お母さんが笑ってる、私たち大丈夫なんだ」と子どもが思えるようにどーんと構えていたい。大変なのはみんな一緒。親が笑ってることが一番大事なんだと思う。

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                闘えることにある救い 04:51
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                  東日本大震災の被災者のうち、一番深刻なのは一度にご両親を失った子どもたちだと思う。成長途中にある子どもにとって親の存在ほど大きいものはない。そのよりどころを奪われた悲しみと苦しみはどれほどだろう。年が明け、今、こうしていても、その子たちが必死でそれを乗り越えようとしているのかと思うといたたまれなくなる。


                  原発事故による被害も確かに深刻だ。まだ継続中であることと、将来の見通しが不透明な点においては確かにそうかもしれない。しかし、原発事故は少なくても何らかの手の打ちようがある、あるいは代替の方法をつくり出すことができる。つまり、現実と闘う余地が残されているんだ。


                  もしも神様がいるならば、ご両親を亡くされて新しい生活を始めることになった子の傍らにずっといて、成長を見守ってあげてほしいと思う。そして、その子の親御さんと同じように、いつも誰よりも気にかけてあげてほしいと思う。彼らの前途がどうか明るく開かれていますように。

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                  たくさんあるものこそ大切にしたい 04:02
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                    ヒトがビタミン類を体内でつくることができなかったり、惜しげもなく排泄して脂肪みたいにため込んだりしないのは、お手軽に自然界から調達できるからだそうだ。たくさんあるから大切にされなかったんだよね。


                    一方で、ヒトはないものを何とか生み出そうともしてきた。「中国人は道徳心がないから儒教が生まれた。日本人は勇気がないから武士道が生まれた。アングロサクソンはずるいからフェアプレーの精神が生まれた」、こんな記事を見かけたけど、なるほどなと思ったよ。「必要なものは、ないから生まれてくる」ということなんだね。


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                    ところで、最近みんな、他県の人は福島のこと全然わかってない、誤解しているって言うんだけど、それは仕方がないことなのかなって思ったりもする。ゴネればお金がもらえるとか、ヒステリックに騒いでいるとかって、それはないでしょうと思うこともあるけれど、断片的な情報だけだとそう見えてしまうのかもしれないね。私だってほかの土地に住んでいたら、どれだけ関心があったか疑問だもの。

                    別に原発事故だけじゃない。これまでだって、
                    男性は女性のことを理解していないといい、子どもがいる人はいない人のことを理解していないといい、健常者は障害者のことを理解していないといい、都会の人は地方の人のことを理解していないといい、結局、わかってほしいのにわかってもらえないという苦悩はいたるところにあったわけだしね。


                    今、人とのつながりとか絆をやたらと強調しなければならないのも、それらは放っておけばあっさり切れてしまう性質を持っているからなんだろうな。男と女も、被災地と非被災地も、分かり合えないということを前提にしたほうが、ずっとうまくいくのかもしれないね。

                    ただね、ないものを何とかつくりだす努力も尊いけれども、もともとこの土地にふんだんにあるもの、つまり、勤勉さとか、愚直さとか、辛抱強さとか、そういったものに目を向けて、もう少し地元の人間を信じてほしいとも思っている。身近にいるとたいしたことないと思ってしまいがちだけれども、福島を愛する気持ちは地元の人が一番強いと思うんだ。

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                    九州みたいになりたいな 13:37
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                      コレ、何度見ても感動のあまり胸がいっぱいになるCMだよね。ほっこりこころがあったかくなる。みんなの気持ちがひとつになって、心から新幹線を歓迎している様子がわかるよ。九州の人って、めっちゃ明るくていい人ばかりだね。


                      いつか「祝!元気回復ふくしまCM」をつくるなら、私も大勢の中の一人になって大きく手を振りたいな。たとえそれがずっと先のことで、私は腰が曲がったおばあちゃんになってしまったとしても、「応援してくれてありがとね! 私たちはこんなに元気になりましたよ」って、頭に大きなリボンでもつけて、思いっきり手を(杖でもいい)振りたいと思う。


                      あの日、手を振ってくれて、ありがとう
                      笑ってくれて、ありがとう
                      ひとつになってくれて、ありがとう


                      ひとつになった福島に新しい力が生まれています
                      ひとつになった東北から、日本は楽しくなるはずです


                      いつか、そんな日がやってくるといいな。

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