KOTOBAYA 雑記帳

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さすが東大な学部長さんのあいさつに太った豚のわが身を恥じる 05:33
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    感想とか書きたいけど、まずい、ちょっといまは余裕がない。でも、うろうろしているうちに忘れちゃうと困るから、とにかくこころが熱いうちに貼らせてもらおう。あああっ!もしかしてこういうことしちゃいけないって言ってるんだっけ。こりゃまずい!! やだ〜、どうしよう(おろおろ) 一読して思ったこと。わたしは太った豚だ。頭だけじゃなくてからだ全体だもん。恥ずかしくて生きていけやしない。これからどうすればいいんだろう。とにかく、まずはツァラトゥストラを調べなきゃ!!!!! そして自分自身を灰になるまで燃やそう。まずはダイエットからだ(そっちかい)。

     

     


     

     

     

    平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞


    皆さん、本日はご卒業おめでとうございます。また、ご列席のご家族の皆様方にも、心よりお祝い申し上げます。今年度の教養学部卒業生は175名で、そのうち女性は50名、留学生が1名です。 全学の式典はすでに午前中、改装されたばかりの安田講堂で挙行されましたので、ここでは教養学部として、あらためて皆さんとともにこの日を慶びたいと思います。

     

    東京大学の卒業式といえば、もう半世紀も前の話になりますが、東京オリンピックが開催された年である1964年の3月、当時の総長であった経済学者の大河内一男先生が語ったとされる有名な言葉が思い出されます。曰く、「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」。


     当時、私はちょうど中学校にあがる年頃でしたが、この言葉は新聞やテレビでかなり大きく報道されましたので、鮮明に記憶に残っております。また、子供心に、さすが東大の総長ともなると気の利いた名言を残すものだと、感心したこともなんとなく覚えております。皆さんの中にも、どこかでこの言葉を耳にしたことのある人は少なくないでしょう。


    ところが、これはある機会に一度お話ししたことがあるのですけれども、じつはこの発言をめぐっては、いろいろな間違いや誤解が積み重なっているんですね。


    まず第一の間違いは、「大河内総長は」という主語にあります。というのも、これは大河内先生自身が考えついた言葉ではなく、19世紀イギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルの『功利主義論』という論文からの借用だからです。

     

     東大の総長ともあろうものが、他人の文章を無断で剽窃したのか、と思われるかもしれませんが、もちろんそういうわけではありません。式辞の原稿を見てみますと、そこにはちゃんと、「昔J・S・ミルは『肥った豚になるよりは痩せたソクラテスになりたい』と言ったことがあります」と書かれています。「なれ」という命令ではなく「なりたい」という願望になっている点が少し違っていますが、それはともかく、ここでははっきりJ・S・ミルの名前が挙げられていますから、これは作法にのっとった正当な「引用」です。ところが、マスコミはまるでこれが大河内総長自身の言葉であるかのように報道してしまった。そして、世間もそれを信じ込んでそのまま語り継いできたというのが、実情です。

     

     次に第二の間違いですが、これはもっと内容に関わることです。じつは、ジョン・スチュアート・ミル自身は「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」とも「なりたい」とも、全然言っていないのですね。さきほど題名を挙げた『功利主義論』の日本語訳を見てみますと、こう書いてあります。


    満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。

    大河内総長の言葉とはだいぶ違いますね。

     

    ちなみに、英語の原文はこうなっています。

    It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied.

     

    この原文を見ると、どうやらさきほど引用した日本語訳は正確なようですから、大河内総長のほうがこれをまったく別の文章に改変してしまったとしか考えられません。たぶん漠然と記憶に残っていた言葉を、自分の言いたいことに合わせて適当にアレンジしたのでしょう。その結果、「満足した豚」は食べたいものを食べたいだけ食べるということで「肥った豚」になり、「不満足なソクラテス」は食べたいものにも安易に手を出さないということで「痩せたソクラテス」になったものと推測されます。しかしこれでは原文とまったく違ったニュアンスになりますから、ミルが語った言葉として紹介するのはさすがに問題なのではないか。下手をすると、これは「資料の恣意的な改竄」と言われても仕方がないケースです。

     

    ところが、間違いはこれだけではないんですね。じつは、大河内総長は卒業式ではこの部分を読み飛ばしてしまって、実際には言っていないのだそうです。原稿には確かに書き込まれていたのだけれども、あとで自分の記憶違いに気づいて意図的に落としたのか、あるいは単にうっかりしただけなのか、とにかく本番では省略してしまった。ところがもとの草稿のほうがマスコミに出回って報道されたため、本当は言っていないのに言ったことになってしまった、というのが真相のようです。これが第三の間違いです。

     

    つまり、「大河内総長は『肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ』と言った」という有名な語り伝えには、三つの間違いが含まれているわけです。まず「大河内総長は」という主語が違うし、目的語になっている「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」というフレーズはミルの言葉のまったく不正確な引用だし、おまけに「言った」という動詞まで事実ではなかった。というわけで、早い話がこの命題は初めから終りまで全部間違いであって、ただの一箇所も真実を含んでいないのですね。にもかかわらず、この幻のエピソードはまことしやかに語り継がれ、今日では一種の伝説にさえなっているという次第です。


    さて、そこで何が言いたいかと申しますと、まず、皆さんが毎日触れている情報、特にネットに流れている雑多な情報は、大半がこの種のものであると思った方がいいということです。そうした情報の発信者たちも、別に悪意をもって虚偽を流しているわけではなく、ただ無意識のうちに伝言ゲームを反復しているだけなのだと思いますが、善意のコピペや無自覚なリツイートは時として、悪意の虚偽よりも人を迷わせます。そしてあやふやな情報がいったん真実の衣を着せられて世間に流布してしまうと、もはや誰も直接資料にあたって真偽のほどを確かめようとはしなくなります。

     

     情報が何重にも媒介されていくにつれて、最初の事実からは加速度的に遠ざかっていき、誰もがそれを鵜呑みにしてしまう。そしてその結果、本来作動しなければならないはずの批判精神が、知らず知らずのうちに機能不全に陥ってしまう。ネットの普及につれて、こうした事態が昨今ますます顕著になっているというのが、私の偽らざる実感です。


    しかし、こうした悪弊は断ち切らなければなりません。あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが、文系・理系を問わず、「教養学部」という同じ一つの名前の学部を卒業する皆さんに共通して求められる「教養」というものの本質なのだと、私は思います。

     

     今朝の本郷での卒業式では、学生代表の文学部の学生さんが、答辞の中でたいへんいいことを言っておられました。私も今朝初めて聞いたばかりですから正確には再現できませんが、おおざっぱに要約すれば、「どんな言葉にも名前が記されている。たとえ匿名の言葉であっても、それを発した人間の名前は刻印されている。しかしそれで自己規制したり沈黙したりしてはならない。私たちは自分の名前において言葉を語らなければならない」といった趣旨であったと思います。

     

    まことにその通りで、これから皆さんが語る言葉には、常に名前が刻まれています。それは皆さんが普段名乗っているいわゆる「名前」だけでなく、東京大学という名前であり、教養学部という名前でもあります。ですから皆さんは、今後どのような道に進むにせよ、研究においても仕事においても、けっして他者の言葉をただ受動的に反復するのではなく、健全な批判精神を働かせながらあらゆる情報を疑い、検証し、吟味した上で、東京大学教養学部の卒業生としてみずからの名前を堂々と名乗り、自分だけの言葉を語っていただきたいと思います。


    ところで、もう一度「豚とソクラテス」に戻りますが、私ははじめてこの言葉を聞いたとき、子ども心に、どうして「肥った豚」か「痩せたソクラテス」のどちらかでなければいけないのだろうか、と不思議でなりませんでした。どうせなら「肥ったソクラテス」になればいいじゃないか、と思ったわけです。


    そこで大河内総長の式辞原稿をもう一度見てみますと、そこには例の有名なフレーズに続けて「我々は、なろうことなら肥ったソクラテスになりたいのですが」とも書かれていました。じっさい、ソクラテスであるためには必ず痩せていなければならないという道理はありませんから、この点では私もまったく同意見です。ただ、ぶくぶくと肥ったソクラテスというのもなんとなくイメージしにくいですね。本日の本郷での卒業式では、この3月末で6年間の任期を終えられる濱田総長が式辞の最後でとどめの「タフ&グローバル」を口になさいましたが、ここではその濱田総長と、半世紀前の大河内総長に最大限の敬意を表して、2人の総長の合わせ技で「タフでグローバルなソクラテスになれ」、と皆さんに申し上げておきたいと思います。

     

    さて、かく言う私も、この3月で教養学部長の任期は終了いたします。また、それと同時に、駒場の教員としても退職いたします。いささか恥ずかしげもなく月並みな言い方をすれば、今日は皆さんの卒業式であると同時に、私自身の卒業式でもあるわけです。人生のひとつの区切りを皆さんと一緒に迎えることができたというのは、何かのご縁かもしれませんが、ともあれこの壇上から式辞を述べるのも、これが最後の機会となりますので、私は大河内総長の「痩せたソクラテス」でもなく、濱田総長の「タフでグローバル」でもなく、自分自身が本当に好きな言葉を皆さんに贈って、この式辞を終えたいと思います。それはドイツの思想家、ニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくる言葉です。


    きみは、きみ自身の炎のなかで、自分を焼きつくそうと欲しなくてはならない。きみがまず灰になっていなかったら、どうしてきみは新しくなることができよう!


    皆さんも、自分自身の燃えさかる炎のなかで、まずは後先考えずに、灰になるまで自分を焼きつくしてください。そしてその後で、灰の中から新しい自分を発見してください。自分を焼きつくすことができない人間は、新しく生まれ変わることもできません。私くらいの年齢になると、炎に身を投じればそのまま灰になって終わりですが、皆さんはまだまだ何度も生まれ変われるはずです。これからどのような道に進むにしても、どうぞ常に自分を燃やし続け、新しい自分と出会い続けてください。もちろん、いま私が紹介した言葉が本当にニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくるのかどうか、必ず自分の目で確かめることもけっして忘れないように。もしかすると、これは私が仕掛けた最後の冗談なのかもしれません。


    皆さんの前に、輝かしい未来が開けますように。そして皆さんが教養学部で、この駒場の地で培った教養の力、健全な批判精神に裏打ちされた教養の力が、ますます混迷の度を深めつつあるこの世界に、やがて新しい叡智の光をもたらしますように。

     万感の思いを込めて、もう一度申し上げます。皆さん、卒業おめでとう。

     

    平成二十七年三月二十五日

    東京大学教養学部長 石井洋二郎

     

     



     以上、東大のホームページからお借りしました

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    内職の時給を笑える? 07:49
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      きのう、久々に自宅に戻ったときにテレビをつけたら、芸人さんたちがビーズ詰めとか造花づくりとかの内職にチャレンジして、時給換算いくらいになるかって番組をやっていた。集中して作業しても時給にすると100円にもならない内職、それで笑いをとってもいいんだけど、私はとても笑えなかったよ。自分の仕事だって内職の親戚みたいなものだもんね。ただね、内職の熟練者が時給100円に甘んじてるはずないよ。なにせプロなんだから。


      ルーチンワークを笑いたければ別に笑ってもいいよ。ぜーんぜん気にしてないもの。目的と努力が直結しているから達成感も得やすいし、職場の人間関係に悩まされることだってないんだ。これって案外幸せなことだったりするんだよ。


      何でも世の中のせいにしていればストレスは少なそうだけれども、もしかしてアナタ仕事が楽しくないんですかって気の毒に思うこともある。「仕事を減らせ〜! 賃金を上げろ〜!」というシュプレヒコールにあんぐり。はあ? どっちかだけにすりゃいいじゃんってフツーに思うけど?


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      幸せの数式をください 20:42
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        月9ドラマ「ガリレオ」が今期も人気だ。ただ、ハマリ役の柴咲コウちゃんが出てないのがちょっぴりさみしいけどね。何があったかしらないけれど、芸能界もいろいろ大変なんだろうね。おっと、今日は月曜日。そろそろ仕事を引き揚げて、家に帰って観ようかな。


        福山さん演じる湯川教授には、「わざわざここで数式出すか!」と突っ込みたくなる気もしなくもないけど、「現象には必ず理由がある」という決めゼリフには納得させられる。本家本元のガリレオ・ガリレイさんの名言、「結果にはすべて原因がある」をもじったものだろうけど。


        つい最近の自民党の教育再生実行本部さんの提言の中に、「文系を含むすべての大学入試で理数科目を必須とすること」というのがあったけど、それは大事なことだと思う。理数系を課さない学部があったとしたら(課されないことで勉強してこなかったとしたら)、どうやって大学で研究するのかってことなんだろうね。


        よく、「生物を学ぼうとすれば化学に、化学を学ぼうとすれば物理に、物理を学ぼうとすれば数学に、数学を学ぼうとすると哲学になる」といわれるけれども、そのニュアンスはよくわかる。もっと言えば、そもそも化学も物理も生物も数学も、学問に境界なんてないんだよ。それに、数学や物理ってやつは理系の専売特許じゃないってことがようやく理解できるようになってきた。


        病院で点滴をするときは圧力と関係するし、レントゲンを撮ろうとすれば核物理学の世界、経済なんていったら、まさに数学そのものだ。学際的分野の代表格である心理学は言うに及ばず、スポーツ界でも力学的な研究が盛んだ。遺跡が何年前のものかを調べるためには数学的な手法で計算するし、お料理だって熱エネルギーや化学反応を無視できない。一見すると数式とは無関係そうに見える芸術だってそうだ。情感込めてピアノを弾く旋律が美しいとしたら、それは打鍵のスピードや強さと脳信号との関係なんだものね。絵画の名作だって、筆圧とか光の屈折とか明度・彩度とか、ほうら、世界は数式であふれている。


        だからね、数学が苦手って子たちも、どうか逃げずに勉強してほしい。やっておいて絶対に損はないよ。人類の幸福に寄与する新しい数式を、もしかすると「あなたが発見するかもしれないんだから!!! 」


        こういう私も、実は大の数学嫌い。だけど、統計とか確率の本ぐらいは、ちまちまっと読んだりしてるよ。湯川教授の言う「実に面白い」どころか、「実に苦痛」だけど、知りたいことを知るためには仕方ないもんね。

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        こんなお医者さんがいたらいい!――最強ドクターロボ 11:07
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          体にあちこちガタがきていても、わざわざ医療機関にかかるほどでもないし、受診する時間もないよ、ということで、症状を入力してネットであれこれ調べてみる。こういう人は私だけじゃなくて、とってもたくさんいるんだろうなと思う。


          それで、思うんだけれど、コンピューターのお医者さん、ドクターロボがいたらすごくいい。あらかじめ登録しておいた年齢や性別などの情報のもとに、現在の症状を何項目か入れていくと、世界じゅうの人の受診記録を即座に引っ張り出してきて、「あなたはAという病気である可能性が70%、Bである可能性が20%、その他である可能性が10%です」とかというふうに診断してくれるんだ。


          それでもって、市販薬はこういう薬を買うといいですよとか、温めるといいとか冷やしたほうがいいとか、いろいろアドバイスまでしてもらえたらいいよね。つまりは、ドクターロボの力を借りて、自分のことは自分で治しちゃえってわけ。いわゆるセルフメディケーションというやつだ。


          ついでにお薬もネットで買って届けてもらえたら最高だよ。受診料もネットバンキングで自動的に引き落とせるようにすればいいよね。人件費が浮くから医療費が軽減されるし、忙しい医療機関の負担を減らせるし、具合が悪いのに休みがとれない働き盛りの人たちに歓迎されて、いいことずくめだよね。


          基礎データが膨大であればあるほど誤診もなくなるし、自分でどの治療を選択するかも決められるし、これがだめだったら別の治療法を試してみようっていうふうに、何でも自分で選べるところがポイントだね。これでドクターショッピングなんてなくなる。


          ドクターロボを導入したらへき地の医師不足だって緩和されるよね。患者さんの情報をもとにロボくんの指示どおりに検査や注射をしてくれる医療スタッフがいればいいわけだから。もちろん外科的なものとかコンピューターにはできないこともあるけれど、それは地域の基幹となる病院をちゃんと整備して乗り切ろう。そこでもきっとロボくんは使える右腕として歓迎されるよ。


          薬を飲んだらこんな副作用が出たよということをちゃんとロボくんに報告しておけば、次にフィードバックできたり、緊急性が高い場合はタクシーと連絡がとれたり、救急車両が呼べたりと、いろんな工夫ができそうだぞ。


          それには、マイナンバーと電子カルテの整備が必要なわけだけれど、早くそんなふうになったらいいのにな。だってさ、自分のことはできるだけ自分で何とかしたいもの。自分のことなのに、誰かに診てもらうしかないってことが、ちょっぴり情けないんだよね。

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          格差の国の物語 17:41
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            ある国に、ちょっと残念な王様がいました。王様は、どうやったら国民に立派な王様だと思われるのか考えました。自分の力では、すべての国民を幸せにできないとわかっていたからです。王様はひらめきました。国民をAとBに区別して、まずはA民のことを幸せにしようと思ったのです。そうすれば、国民の半分は私のことを尊敬するだろう、王様は自分の考えに満足して大きくうなずきました。


            そこで、王様は人々を2つに分けました。国土全体に網をかけ、その網の上に乗った者をA民、網から落ちてしまった者をB民にしたのです。王様の家族や友達が住む場所の網の目は細かく、王様がいる場所から離れれば離れるほど網の目を粗くしましたが、そのことは誰にも知らされませんでした。


            ある者は難なく網の上に乗ることができましたが、ある者はいとも簡単に網から落ちてしまいました。中には、隣の人に蹴落とされた者、病気をしていてはい上がることができなかった者、幼い子どもを抱いていたので網にしがみつくことができない者もいました。


            王様はA民のための法律をつくりました。なぜなら、自分のことを好きになってほしかったからです。A民はどんどん豊かになっていき、みんな王様のことを好きになりました。しかし、B民のことは王様の興味の外にあったので、人々が貧しい暮らしをしていることに気づくことはありませんでした。でも、B民は黙っていました。A民のための仕事をして、A民からお金をもらって生活していたからです。


            あるとき、王様は新しい法律をつくりました。A民はみんな働きすぎである。もっと休暇をとらせてやろう。もちろん、休んでいる間も給料は支払うぞ。A民はみんな賛成しました。勇気あるB民の若者が言いました。「王様、私たちが休みをとっている間、A民の皆さんはお金を払ってくれません。どうしたらいいのでしょうか」。王様は言いました。「それは残念だったね」と。


            あるとき、王様はまた新しい法律をつくりました。A民であれば、子どもが小さいうちはずっと仕事を休んでいいことにしよう。もちろん、その間の給料は支払うぞ。A民はみんな賛成しました。勇気あるB民の女性が言いました。「王様、私が子どもを育てている間、A民の皆さんはお金を払ってくれません。どうしたらいいのでしょうか」。王様は言いました。「それは残念だったね」と。


            あるとき、王様はまたまた新しい法律をつくりました。みんな健康で寿命が延びた。A民であれば年を取っても好きなだけ働けるようにしよう。なあに、B民に頼んでいた仕事を老人がすればよいのだ。A民はみんな賛成しました。勇気あるB民の老人が言いました。「王様、私たちは若いうちから仕事がなくなりました。これ以上仕事がなくなれば、年寄りはおろか若者も生活できなくなってしいまいます。どうしたらいいのでしょうか」。王様は言いました。「それは残念だったね」と。


            こうしてこの国は世界に誇れる豊かな国になり、王様は世界中の人々(ただし自国のB民を除く)から尊敬されました。(この物語はフィクションです)

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            海のこと、山のこと 13:48
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              私たちが美しいと感じる自然のほとんどは、人の手によってつくられ、守られてきたものだ。もしも人の手が入っていなかったら、密林のように不気味な山や、漂着物であふれ返る汚い海岸になっているに違いないよね。


              山が洪水を防いでくれるのも、気持ちよく海水浴を楽しめるのも、人間の手が入っているからだ。田んぼとして使われている土地がもしも放置されたなら、草ぼうぼうになって害虫のすみかになっちゃう。そうなったら熊だって猿だって、自分たちのエリアと勘違いするのも無理はないよね。


              もうかる農業、もうかる漁業、もうかる林業とかいうけど、もうからないけど大切なことはどうすればいいんだろう。そこに住んで山を守ってくれてありがとう、そこに住んで海を守ってくれてありがとう、そこに住んで里山を守ってくれてありがとうということに対して、「ありがとう料金」が支払われて、それで暮らしが成り立つようにはできないのかなあ。


              「もうかる=新しい=正しい」と勘違いしがちだけれど、ずっとそこに住んでいる人たちの知恵ややり方を尊重しないことには、どんなこともうまくいかないって思うんだ。もちろん創意工夫は必要なんだろうけど、難しいね。それとも、グラミン銀行みたいに知恵も一緒に提供して、地元の人自身に頑張ってもらう方法がいいのかなあ。

              作付制限で稲が植えられていないあたりの田んぼを見ながら、ふとそんなことを思ったよ。ピンチはチャンスって簡単にいうけど、ほんと、変わっていくのは大変だよね。

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              ポストなまぽ 02:33
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                複数の芸人さんに端を発したなまぽ問題。「せいほ(生命保険)」と区別するために「なまぽ(生活保護)」というのだそうだが、妙に感動してしまった。「なまぽ」って酒の肴みたいにおいしそうな名前だね。若者が使い出したのかな? おもしろすぎる!


                これをきっかけに、話題の「ベーシックインカム」についていろいろ調べてみた。なるほどね。仕組みや考え方としてはわかったし、これ、いいんじゃないかと思う。実際には不可能なのかもしれないけど、これだったらいろんなことが一挙に解決しちゃうよね。それとも、解決した先からまた新しい問題が出てくるのかな?


                生活保護をもらってパチンコに行こうがお酒を買おうが、私はそれも仕方ないと思うのね。だって人間はそんなに強くないもの。それができなくなったら凶悪犯罪が増えちゃうんじゃないだろうか。世の中、あんまりきれいにしちゃうまくいかないんだよ、きっと。


                問題なのは、同じようなケースでもAさんはよくてBさんはダメみたいに、人の主観で差が出てくるってことだよね。だから、できるだけシステムをシンプルにして不平等感を排除して、その上でベーシックインカムではカバーできないところの策を考えればいいんじゃないのかなと思うんだけど、そうするとまた手続が複雑になって元の木阿弥?


                ただ、私が今やっている仕事は、幸いにも苦役(レイバー)ではなく、基本的に生業(ジョブ)であり、生きがい(ワーク)だから、貧乏でもそこそこ幸せなわけだけど、以前の仕事は苦役に近かった。ベーシックインカムとなると、みんなが敬遠する(それでいて大切な)仕事は誰が担ってくれるんだろう。そもそも、これって日本という風土に合うんだろうか。

                Eテレの「ニッポンのジレンマ」でこの問題を取り上げてくれないかな。いろんな意見がありすぎて、どう考えたらいいかわからなくなっちゃった。飯田先生、萱野先生、どうなんですか? 私が考えたってしょうがないんだけど、なんでだろ、考えてみたいんだよね。いい歳になって、ようやく世の中のことが気になりだしたってことかな。

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                オイコノミアで保険のことやってた 13:04
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                  オイコノミアでね、保険のことをやってたよ。大数の法則の実験がおもしろかった。それから、保険は高額なお買い物と聞いてちょっと救われたよ。極貧だったころ、保険を解約して生活費に回しちゃったから。今入ってるのは掛け捨てのすんごく安いやつだけだもの。


                  リスクの高い人ほど保険に入りたがるって話だけど、これって貧乏人ほど宝くじを買いたがる傾向があることと似ているなって思った。不安に備えるか、わずかな希望に懸けるか、違いはあるけどね。いつだったか、ご夫婦でひっそりと亡くなられた方のお部屋に、宝くじの外れ券が一枚残されていたという記事を読んで涙がこぼれた。それに懸けるしかなかったんだね。


                  一般人はリスクに備えることで、貧乏人はわずかな希望にすがることで、それぞれこころの平安を手にしているってことなんだろうな。だから、いくら確率論で説明されても、それでもやっぱりカモになっちゃうんだろうし、好きにさせてあげるしかないような気もするんですけど、どうなんですかね、阪大の大竹センセ。2回目も楽しみにしてますよん。ちなみに私は相変わらず貧乏だが、一発逆転はかなり懐疑的だ(笑)。


                  それにしても、確率って学校に行ってたころはキライだったけど、かなり生活に直結していておもしろい!! 収入とか、性格とか、社会情勢とか、いろんなことがあっての人間の行動のはずなのに、それすらも「大きな数」によって結局ならされてしまうんだね。自分もそのうちのちっちゃい一人なんだな。

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                  オイコノミアを見たよ 01:07
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                    Eテレの新番組「オイコノミア」を見た。おお、すっごくおもしろい!! オイコノミアって題名だけど、あたしゃてっきり、「おいおい、この経済学よ!」てなノリでつけたのかなと思ったら、まったく違いましたね(大汗)。


                    オイコスというのは家という意味で、ノモスってのは律法とか摂理という意味、だからオイコノミアは「わが家の法律」ってことなんだって。家父長制だったころの家訓みたいなものかなあ。それが「経済学」の語源なのだそうだ。へえ、へえ、へえ!!!


                    きょうのテーマは格差社会だった。「アーユー下流?」と聞かれたら、私は迷わず「イエス」と答える。おかしいな、こんなはずじゃなかったんだけどね。でも、少なくても生き方は下流じゃないと思ってるよ。そう思い込まなきゃやってられないもの。


                    それにしても、一橋大学の川口先生でしたっけ? おとなしめの口調でとってもかわいらしい先生ですねえ☆ ジニ係数とか解説もわかりやすかったし、日本が置かれている状況がよーくわかりました。


                    それでもって、なんで今、理系人間ばかりが鼻の穴を膨らませているのかも理解できた。理系の技術者くらいしか今は仕事にありつけそうもないってことで、自分は使える人間ですぞって自負心がそうさせているんだね。


                    数気脇整佞世辰燭里某Bで苦戦、ドップラー効果なんてもはや言葉しか覚えてない私には、理系というだけで神に思えるけど、実は文系の賢い層の人たちは、みんな数学だって理科科目だって、そこそこの理系の人よりずっとずっとできるんだよ。知ってた?


                    それでもあえて文系を選んだ人たちにお願いなんだけど、こんな世の中だからこそ文系人間の役割は大きいんだと思う。わざとわかりにくくして(?)他者からの評価を拒絶している自然科学の業界に、どんどん文系人間が入っていってほしいよ、まじで。


                    それにしても、日本には、あの川口先生みたいに賢い先生がたくさんいらっしゃるのに、政治というとからっきしだめだめなのはどうしてなんだろう。政治は民衆の鏡とかっていうけれど、日本は政治ほどにだめな国じゃないと思うんだよね。

                     

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                    コストナーちゃんの名言 00:28
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                      フィギュアスケートの世界選手権で優勝したコストナーちゃん。他国の選手だけど、彼女の優勝は素直にうれしい。あなたほど才能のある子はいないわと絶賛されつづけた日々は、きっとすごいプレッシャーがあったんだろうな。凡人にはおよそ想像もつかないくらいだったんだと思う。


                      力があるのに、ここぞというときに力を発揮できないって、誰にでも経験があると思う。でも、それも含めて実力だと素直に認めることはなかなか難しい。だからこそ、「運」とか「不運」とかいう言葉が私たちには救済となるんだ。


                      でも彼女ったら、優勝するまでどうしてこんなに時間がかかったと思うかと質問されて、「私には、きっと今までの時間が必要だったのだと思う」って答えていた。とってもいい言葉だね。ああ、しみじみするよ。

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                      マイナンバー、私はいいよ。 02:13
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                        康保険証や年金手帳など、今までバラバラだった個人情報を一つにまとめ、国民一人ひとりに番号を割り振り管理していくという新制度、「マイナンバー」。私はいいよ、賛成だよ。


                        行政側がいろんな施策を打ち出しても、今はすべて申請制度だ。だから、制度そのものを知らないこともあるし、申請とかに行くと、「この制度の存在、あなた知ってたんですか。ああ、バレちゃいましたね」てな雰囲気がある。それに、窓口の人がすべての権限を持っていて、まるで窓口担当の方のふところからお金を出していただくみたいで気が引けることあるんだよね。


                        マイナンバーをつくったら、今度はむしろ行政側から、「あなたは○○と△△を利用できますよ」ということを教えてくれるようにしたらいいと思う。それがまっとうな制度というものだ。個人情報漏えいが心配されているけれど、それは英知を結集して乗り越えるべき課題だし、リスクよりも恩恵がはるかに上回る制度にしたらいいんだよね。

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                        田中慎弥さん、悪カワイイ! 13:32
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                           『共喰い』で第146回芥川龍之介賞を受賞した田中慎弥さん、すっかり話題になっている例の記者会見を見たけど、ああ、この人、私は好きだなと思った。ご本人からしたら、きっと記者会見ではなく、作品を読んでから好き嫌いを言ってほしいんだろうけれどね。


                          何といってもうれしさがにじみ出ていた記者会見だった。かわいいくらいにね。きっと、ああしてないとうれし涙が込み上げそうで怖かったんじゃないだろうか。大人げない対応だとかと悪く言う人もいるけれど、私は全然そうは思わなかったな。第37回新潮新人賞、第34回川端康成文学賞、第21回三島由紀夫賞を受賞している彼だもの、あんなふうに言えてしまうことに羨望すら感じる。それに、内実はとってもピュアな人なんだということもよくわかったよ。


                          自分のことを振り返ってみると、年を重ねれば重ねるほど、なるべく誰からも嫌われないように慎重に言動を選ぶようになってきたように思う。まだまだ失敗もあるけどね。それは、常識をわきまえるようになったからとかそんなご大層な理由からじゃなくて、結局、そのほうがラクチンだと学んでしまったからだ。ひとたび誤解なんかされようものなら、それを自力で払拭するのは不可能に近いんだもの。そんなケツの穴が小さい私だから、彼の記者会見にすっかり見とれてしまった。


                          それに、リスペクトすべきは彼のお母さんだ。きっと働かない息子とともに暮らす負い目を感じていた時期もあったんだと思う。それでも、自分が産んだ息子だからという理由だけですべてを受け入れてあげたからこそ彼の作品は生まれてきた。やっぱり母の力は偉大だよ。遊びの中からイノベーションが生まれ、ニートの中から文学が生まれ、アウトサイダーの中から変革が生まれるとしたら、これってすごくわくわくするよね。


                          でも、私は根性なしだから、田中さんのように奔放になれそうにないし、田中さんのお母さんみたいに性根を据えて子育てできるかも自信がない。彼の本でも読んで修行しよっと=3

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                          「ニッポンのジレンマ」を見たよ 00:15
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                            明けましておめでとうございます!


                            “一年の計は元旦にあり”というからには充実した日にしなくっちゃと思っていたら、元日の深夜にEテレで「ニッポンのジレンマ」という超エキサイティングな番組をやっていた。見ていたら、
                            トイレに立つこともできないほど引き込まれてしまったよ。ああ、若いってスバラシイ! 賢いってカッコイイ!!

                            今まで、頭のおかたいおじさんばかりの政治討論とか、相手をぎゃふんと言わせることしか考えていない政治ネタのトーク番組ばっかりでほとほと嫌気が差していたところだった。さすがNHKはおもしろいことやるよね。


                            論客は魅力的な人たちが名を連ねていた。みんなすごかったけど、特に萱野さん、飯野さん、荻上さんが光っていた。東大卒ってやっぱすごいんだな。それと、開沼さんは福島が誇る若き研究者だ。原発事故が起きる少し前に出版された『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』は私も読んだけど、とても丁寧に調べられていて圧倒された。まるで事故を予言していたみたいなタイミングだったよね。


                            とにかく、これからの日本は若い彼らに任せちゃって世直しをしてもらったほうがいいな、そんなふうに思えるほど濃〜い内容だった。後でもう一回、オンデマンドで番組を見直してみたいな。


                            それと、今年は仕事の合間に何とか時間をつくって、私も自主的に調査研究レポートとかまとめてみたいなあ、そんなふうに研究欲をかき立てられる番組だった。あのね、言っておくけど、大人になってもやっぱり勉強したいんだよ。向学心は若者だけの特権じゃないからねっ。


                            ----------------------------------------------------------


                            ――ニッポンのジレンマに出ていた人たち――


                            ○飯田 泰之
                            エコノミスト 駒澤大学准教授
                            1975年 東京生まれ
                            財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。専門は経済政策・マクロ経済学。
                            日本社会の諸問題を、経済学の視点から明快に分析する気鋭のエコノミスト。


                            ○猪子 寿之
                            ウルトラテクノロジスト集団チームラボ代表
                            1977年生まれ 徳島県出身
                            2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。プログラマ、ロボットエンジニア、数学者、建築家、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、CGアニメーター、編集者など、情報化社会の様々なものづくりのスペシャリストを率いる。


                            ○宇野 常寛
                            評論家 批評誌〈PLANETS〉編集長
                            1978年生まれ 青森県出身
                            現代ポップカルチャー分析を中心に、文芸批評、社会時評、メディア論などで活躍。
                            21世紀の社会的・文化的な変動を鋭く描き出す評論で、若者を中心にカリスマ的な人気を誇る。


                            ○荻上 チキ
                            評論家
                            ウェブサイト〈シノドスジャーナル〉編集長
                            メールマガジン〈αシノドス〉編集長
                            1981年生まれ
                            ウェブサイト、ブログ、ラジオ、インターネット放送等、さまざまなメディアで活躍する評論家。 政治、経済、サブカルチャーから様々な社会問題にいたるまで、幅広い言及と問題意識で注目を集める。


                            ○開沼 博
                            社会学者
                            1984年生まれ 福島県出身
                            学術誌の他、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポ・評論・書評などを執筆。地域社会に立脚した斬新な視点で原発問題をとらえた論考が高い評価を得た。


                            ○萱野 稔人
                            哲学者
                            津田塾大学学芸部国際関係学科准教授
                            1970年 愛知県生まれ
                            資本主義と世界経済の展望と、国家が担うべき役割についての深い考察で知られ、哲学の枠を超えて現代の問題にとりくむ哲学者。政治、経済から、農業、健康まで関心は幅広い。朝日新聞 「ニッポン前へ委員会」委員。


                            ○駒崎 弘樹
                            社会起業家 フローレンス代表
                            1979年生まれ
                            慶應大学SFC卒。 大学在学中にITベンチャー経営者となる。卒業後、日本初の「共済型・非施設型」病児保育サービスを開始。空き住戸を使った少人数保育施設「おうち保育園」が政府の待機児童対策政策に採用される。震災後、外で遊べない子ども達のために「ふくしまインドアパーク」を設立。07年Newsweek「世界を変える社会起業家100人」に選出。


                            ○齋藤ウィリアム浩幸
                            起業家・ベンチャーキャピタリスト
                            1971年アメリカ・カリフォルニア生まれ
                            (日系2 世)
                            情報セキュリティや暗号化、生体認証技術が専門。わずか14 歳でI/O Software を起業。UCLA で医学を学び、医者としてわずかな期間働いた後、再び自らの会社の経営に戻る。2004 年、I/O Software をマイクロソフト社に売却。2005年日本に移住。2007 年東京でInTecur(インテカー)社を立ち上げ、革新的な技術をいかに適切に使い、市場を開拓するかのコンサルタント事業を展開。

                             

                            ○澁谷 知美
                            社会学者 東京経済大学准教授
                            1972年大阪市生まれ 千葉県育ち
                            TBSラジオ『文化系トークラジオ Life』サブパーソナリティ、
                            朝日新聞社ウェブサイトWEBRONZA 執筆者。
                            専門はジェンダー論、男性の性の歴史。男性社会に対する鋭い論評で広い世代に支持されている。


                            ○城 繁幸
                            人事コンサルタント 作家
                            1973年生まれ
                            東京大学法学部卒。富士通を経て04年独立。06年よりJoe'sLabo代表。各種企業、自治体向け人事制度アドバイザーのかたわら、雇用問題のスペシャリストとしてメディアにて発言。09年からは若者マニフェスト策定委員会の一員として、世代間格差問題にも取り組む。


                            ○松岡 由希子
                            フリーライター
                            1973年 大阪生まれ
                            米国MBA(経営学修士号)取得。アントレプレナーシップ(起業家精神)専攻。経営学の理論やフレームワークを活用したコンサルティング、新事業モデルの創出、ベンチャー企業の立ち上げなどに携わったのち、フリーライターとして独立。いま世界中で実際に起きている様々なプロジェクトやムーブメントを直接取材し、言論によって「持続可能な社会づくり」を支援する活動を続けている。


                            ○水無田 気流
                            社会学者・詩人
                            1970年、神奈川県生まれ
                            東京工業大学世界文明センター・フェロー
                            一児の母。女子カルチャーや、新時代の幸福論の考察、分析に意欲的に取り組む社会学者。詩人として2006年『音速平和』(思潮社)で中原中也賞受賞。2008年、『Z境』(思潮社)で晩翠賞受賞。


                             

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                            アリ家に生まれたキリギリス 09:50
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                              イソップ寓話の「アリとキリギリス」というお話があるよね。小さいときは私も素直だったから、「そうだ、そうだ! キリギリスだめじゃん。アリさんみたいにせっせと働かなくちゃ」なんて思ったものだ。でも、最近はなかり懐疑的になってしまったよ。


                              もしも、アリ家にキリギリスが生まれていたら、キリギリスの人生は全く変わったものになっただろう。もしもキリギリス家にアリが生まれていたならば、アリの人生もまた別なものになったに違いない。言いたいのは、アリは、もともと勤勉な親の遺伝子を受け継ぎ、それを美徳として教えられて育った結果、安定した収入を得られるようになったとして、それは果たして個人の努力だけによるものなのかってことなんだ。


                              私はね、辛抱強さとか努力できるってことも含めて、その人の特性なんだと思う。アリだって、いろんなものを犠牲にして嫌々ながら働いていたかというと、そうじゃないよね。周りからすごいと言われたいという動機があったり、働けるときに働いたほうがあとあと楽ちんだと考えたり、いろんな理由で自ら進んでそうしてきたんだよね。それは、キリギリスが歌を歌って暮らすことを選んだのと一体どう違うんだろう。うーん……。


                              さて、アリさんはアリさんでとても立派なんだけど、キリギリスのことを自業自得だなんて考えるようなアリさんが多いと、世の中うまくいかなくなってしまうことは確かだよね。でも、キリギリスさんはキリギリスさんで、社会は自分を助けて当然だって感じだと、そんなのアリ?とアリさんは不満を抱く。アリさんにとってもキリギリスさんにとってもハッピーな所得の再配分て、つくづく難しいよね。

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                              今からでも遅くない ―覚えよう世界の国名― 14:11
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                                 リビアの新国旗のニュースを聞きつけ、隣室にいた娘がドドドドドッと
                                 走ってきた。「えっ! あの緑一色の国旗が変わっちゃうの? 世界一
                                 シンプルな国旗だったのに…」とのこと。そうなんだよ。リビアも、む
                                 しろこれからが大変だよね。しかし、外国の国旗が変わることにこんな
                                 に大きいリアクションをするアンタにも正直驚いたよ。意外と世界情勢
                                 に興味あったんだ。

                                 ← これがリビアの新しい国旗だって



                                ここのところ新興国の動きが慌ただしくなっているし、世界経済も予断を許さない状況だ。これから日本は、世界は、いったいどうなっていくんだろう。つくづく、世界は動いていていつまでも同じ状態にはとどまらないってことがわかるよね。しかし、待てよ。この年になっても新興国の国名がさっぱりわからない。そんな自分の教養のなさに今さらながら情けなくなってしまう。

                                いや、これからでも遅くない。まずは世界の国名をざっくり覚えることから始めよっと。これをいただいてきたからがんばれそう☆ 地図を見ていると、世界旅行がしたくなってくるよ。



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                                大野さん、ブラボー!! 15:25
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                                  オーストリアのペルチャッハで3日から開催されている「第18回ヨハネス・ブラームス国際コンクール」のビオラ部門で9日、東京芸術大学音楽学部付属音楽高校3年の大野若菜さん(18)が優勝した。家族が明らかにした。大野さんは東京都出身。3歳でバイオリンを始め、15歳でビオラに転向した。国際大会出場は初めてという。

                                  ――産経新聞引用ここまで――  動画は「ビオラブーケ・コンサート」だそうです。


                                  ビオラの独奏を聴くのは初めてかもしれない。オケやアンサンブルでしか聴いたことなかったもの。こうしてみるとビオラって、バイオリンともチェロとも違った力強さというか、それでいてやさしい音がする楽器だね。まるで「なでしこ」みたい。それにしてもすごい表現力だ(驚)。


                                  しかし、わが子を音楽の道に進ませる決意をする親御さんてすごいなあと尊敬してしまう。家族全員が子どものことに傾注して協力しなければ実現できないことだもの。経済的な負担も半端じゃない。それで本物になってくれればすべてが報われるんだろうけど、全員が全員、プロとして食べていけるわけじゃない。そう考えると、親御さんの努力と決断があったからこそ彼女の才能も開花したってことだね。


                                  ピアノの先生をやっている友達が言ってたんだけど、音楽の才能がある子はたいてい頭がいい。だから親御さんは音楽ではなく勉強させたくなっちゃう。そっちのほうが断然現実的だもんね。それで、中学校とか高校に入ると親御さんのほうがやめさせちゃうことが多いんだってさ。確かに、本当にピアノがうまい子が集まっているのは芸大じゃなくて実は東大だ、なんてことがまことしやかにささやかれていたりするもんね。


                                  個の能力は、本人の努力が3割、環境が3割、遺伝が3割(残りの1割は人それぞれ?)と言われているけど、環境を整える親御さんのご苦労はははかり知れない。あえてリスクをとってわが子を信じた大野さんのご家族にも、おめでとうございますと言いたいデス。すばらしいお嬢さんですね。今後ますますのご活躍をご祈念申し上げます。

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                                  高校生クイズを見たよ 01:33
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                                    高校生クイズ、今年は開成と灘の勝負だった。開成のリーダーの子、見るからに賢そうな顔立ちだったなあ。どんな親御さんなんだろう、どんな教育してきたのかな、やっぱりDNAが違うってことなのかな、などと、最近は親目線になっちゃったけどね。


                                    勉強だけできてもだめっていう人が案外多いけど、スポーツだけできてもだめってあんまり言わないのはなぜなんだろう。勉強も、サッカーも、将棋も、ピアノも、その道を極めるには並大抵の努力じゃだめだ。これまで、いろんなことを犠牲にしながら真剣に打ち込んできたんだろうなと思うと、高校生クイズも心を打たれるものがある。


                                    もともと頭がいい子もいるんだろうけど、それはどんな世界でも同じこと。もともと足が速い子、もともと体が柔軟な子、もともといい声を持っている子、もともとパワーがある子、それぞれいろんな「もともと」があって、それを生かすってことは使命みたいなものだ。その使命を果たし切るには相当な努力が要るわけだけどね。


                                    番組の途中、一緒に見ていた娘が、「男ばっかりだね。女子はどうしていないんだろう」と口を開いた。確かにそうだよね。予選では女子もいたんだけど、どうしても男子生徒の争いになっちゃう。でもそれは、有名進学校の多くが「男子校」だということと無関係ではないんだと思う。


                                    それと、彼らは明らかに「クイズ」に慣れている。つまり、傾向と対策をしっかりしているんだ。きっと、部活動もクイズ研究会みたいなのをつくって研究しているんだろうね。女子は、そんな「ムダ」知識を蓄えるより、現実路線志向で大学受験まっしぐらという人が多いのかなあ。


                                    あのクイズに答えられなくても全然恥ずかしくないわけだけど、お菓子食べながらごろんと横になって、頭いいだけでちやほやされるのはズルイとかって言うことは恥ずかしいことだと思う。自分の「もともと」を何とか探し出して、それを伸ばすことに時間を使わなくちゃ!

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                                    誰かのお金で誰かのために? 00:50
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                                    誰かのお金で自分が何かをするならば、必死に努力して恩に報いようとするだろう。自分のお金で誰かが何かをするならば、その誰かのことを本気で応援するだろう。でも、誰かのお金で誰かのために何かをするときは、案外そのあたりがあいまいになってしまう。


                                    このお金はMさんが昼夜をいとわず死に物狂いで得たお金、このお金はTさんが子育てしながら必死で稼いだお金、このお金はUさんが泥だらけになってためたお金、こんなふうにお金にはちゃんとストーリーがある。それなのに、税金になるとたちまち数字の羅列になって、人々の感覚から遠く離れていってしまう。


                                    この人のために使われたい、このことの役に立ちたい、そんなふうに意志を持ったお金があったらいいのかもしれない。実際、ネット上では応援したい活動にネット経由で寄付をする取組みが始まっている。税金はそういう方法では全体を見通すという意味で問題があるのだろうね。本当に必要なところに本当に役に立つお金が届くのだったら、納税だってそんなに嫌じゃないんだけどな。

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                                    子どもに見せたい番組は? 17:15
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                                      日本PTA全国協議会さんが、子どもに見せたい/見せたくない番組のトップ3を発表したそうです。

                                      見せたくない番組として
                                      ○ロンドンハーツ
                                      ○クレヨンしんちゃん
                                      ○めちゃ×2イケてるッ!

                                      見せたい番組として
                                      ○世界一受けたい授業
                                      ○そうだったのか! 池上彰の学べるニュース
                                      ○龍馬伝

                                      だってさ。


                                      ふーん。まあ、そんなところかなのかなあ。

                                      私が見せたくない番組は、つまらないと思うときは見ないからわからないよ。実際、めちゃイケなんて一回も見たことないし、いつやっているのかもわからないのでコメントできないし。


                                      私が子どもに見せたい番組は、やっぱこれだね。

                                      ○ダーウィンが来た!
                                      ○リトルチャロ2 
                                      ○サラリーマンNEO(←単に自分が好きなだけ?)

                                      それから、
                                      ○サイエンスZERO
                                      ○爆問学問
                                      なんかも外せない。

                                      番外編
                                      ○ピタゴラスイッチ
                                      ○0655と2355
                                      これ、発想の柔軟さに感嘆するよ。

                                      それと、この前やっていた「100分de名著」も超おもしろかった。偶然『ツァラトゥストラ』をやってたんだけどね。


                                      本当はもっと挙げたいところだけど、ありすぎて困っちゃう。

                                      最近のNHKは超楽しい。特に教育テレビがアーバンスタイルになってからすっかりとりこになっている。教育テレビ以外は映らなくても案外平気かも?

                                       

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                                      打ち込めるものがないとタイヘンだ 11:11
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                                        人は何かしら夢中になれるものを持っていないと生きにくいという性質を持っているようだ。ゴルフでも、パチンコでも、野球でも、勉強でも、仕事でも、なんでもそうだよね。

                                        頑張ったことが報われたり、反対に報われなかったり、不安定なものほどますますはまってしまう。やっかいだから打ち込める。思いどおりにならないから努力しようとする。そう考えてみると人間て不思議だよね。

                                        どなたかの研究で、「勉強が苦手な中高生ほど恋愛への依存度が高い傾向がある」 という論文を読んだことがあるけれど、打ち込めるものがほかにないとどうしてもそうなっちゃうよね。思いどおりにならないものの最たるものが恋愛だから。みんな自分の存在を確認したいんだ。生きている実感が欲しいんだよね。


                                        もちろん恋愛は人を育ててくれたりするけど、時として人をだめにしてしまうこともある。特にハネムーン期といわれる舞い上がっている時期は、周囲が見えなくなっているから要注意。ゲームだって、買ってきて2日ぐらいはほかのことが全く手に付かなくなるけれど、あとはだんだん飽きてくる。それと同じだね。恋人は、使い古しのゲームソフトと一緒にリサイクルショップに持ち込むわけにいかないんだからさ。


                                        恋愛は、言ってみれば「英会話力」とか「パソコンスキル」みたいなものなんだと思う。それ自体を極めることが目的ではなくて、それによってどれだけ自分を向上させられるかってことが問題なわけ。そこんとこ勘違いしないようにしないとね。
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