KOTOBAYA 雑記帳

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孤独死じゃなくて孤高死と呼ぼう 07:50
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    余命も残すところあと50年余になり、クオリティ・オブ・デスの考え方の普及とあいまって、私も自分の死に方のことを考えるようになってきた。これからは医療と介護の境目がなくなって、治療しない看取りの医療が主流になっていくんだろうな。お医者さんも、苦痛なく日々を過ごすお手伝いに役割が変わるだろうし、病気を持ちながらも何とか折り合いをつけ、自分らしく最期まで生き切る時代がやってくるんだ。


    ひとりで死ぬことを「孤独死」といかいうけど、名前が悪いよ。たまたまそのときそばに誰もいなかっただけであって、その人の人生が孤独だったかどうかなんてわからないじゃん。どうせだったら「孤高死」とかにしてほしいよね。「孤独」だと手助けしてあげなくちゃならなくなるけど、「孤高」なら、死んで1週間ぐらい気づかなくても「あらあら。いつあちらへ? お疲れさまでした」ってふうになるもんね。私は最期まで孤高でいたい。


    私の場合、病気が見つかって治療しなければならなくなれば、それは仕事ができなくなることを意味している。仕事ができなくなれば収入がなくなる。収入がなくなれば生きていけない。だから、無駄に健診なんかせずに自然体で過ごしたい、それが私にとっていちばん合理的だとずっと考えてきたけれど、なかなか受け入れてもらえなかった。よしよし、ようやく私の考えに時代が追いついてきてきたぞ(てへっ!)って、そう都合よくいかないよな。私もそのときになれば、きっと生への執着が芽生えたりするんだろうな。健診かあ、行ってみようかな。

     

    | 生きていくこととか | comments(0) | trackbacks(0) | posted by m-minako - -
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