KOTOBAYA 雑記帳

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幸せが自分のことであるうちはたいした人生ではない 01:33
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    「Nのために」ってドラマが気になっている。まだ途中なので合点がいかないことばかりだけど、ひどく哀しく切ないドラマだ。

    原作者の湊かなえさんが「幸せが自分のことであるうちはたいした人生ではない」って言ってたけど、ほんとだね。「幸せになりた〜い」なんて言ってるようじゃ、まだまだお子ちゃまってことだ。その意味じゃ、守るべきものを持つことができた人は幸いなのかもしれない。「幸い」と「幸せ」は似てるけど、まったく違うものなのかも。

    よく、私たちは神様と取り引きするよね。「○○を頑張るから△△しますように」とか、「私はどうなってもいいから、○○が△△できますように」とか。お百度参りやお茶断ちは、自分に困難を課すことで願いをかなえようとする行為だよね。そうやってだれかが背負っている「苦」を、形をかえて自分が引き受けようとしている。引き受けることができないとしても、共有するってことかな。

    大切なだれかのために自分ができることがあるなら、それが自分にとっての幸いだと思えてしまうんだから、人間てやつはつくづく不思議だね。おやおや〜、自分が幸せになることはさほど大切じゃないって考えてみたら、すんごく気持ちが軽くなってきたぞ。しめしめ。幸せという呪縛から解放されたかな。

     

    | 生きていくこととか | comments(0) | trackbacks(0) | posted by m-minako - -
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