KOTOBAYA 雑記帳

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努力という希望(竈門炭治郎に学ぶ) 02:05
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    「鬼滅の刃」がすごい勢いで人気ですね。最初は普通に見てたけど、蜘蛛鬼一家が登場したあたりからもう目が離せません。「進撃の巨人」のリヴァイ兵長みたいに「萌え〜」って感じではないけど、炭治郎はじわじわきますね。

     

    炭治郎は努力の人です。「努力」って平成の時代にはちょっとかっこ悪いみたいに言われがちでしたが、令和では逆にトレンドワードになるのかも。大正時代のお話だから違和感がないんじゃなくて、きっとみんな本当は胸を張って堂々と努力したかったんだと思います。

     

    だって、努力って、特別な才能に恵まれることがなかった私みたいな者にとっては唯一の希望であり、救いだから。少なくても努力する自由が与えられているというのはありがたいことだし、何事かあったときに自分を頼りにできるって、これほど心強いことはありません。

     

    ただ、昔と変わったのは、努力の結果、何を成し遂げたかではなくて、何を経験してどような学びがあって、どれだけユニークな自分に進化できるかにシフトしてきていますよね。いつまでも昔の体験を引きずっていると、むしろ今を生きるのに後れてしまいます。人生に過去問はあんまり役に立たないってことですかね。

     

    それと、人間関係がちょっとシステマチックになっている時代だからこそ、炭治郎の優しさがことのほかうれしいです。自分をコントロールするってなかなか難しいですが、自分もあんなふうに優しい人になりたいなって思う瞬間を持つことだけでも、身を守る鎧でカチンカチンに固まった心のリハビリになりそうです。

     

    この時代を共に生きる人たちの多くが炭治郎が好きだってことは、もうこれは明るい未来しかやってこない感じですよね。

     

     

    | - | comments(0) | - | posted by m-minako - -
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